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ヒグラシの物悲しい泣き声は、なかなか暮れない夏の夕暮れの代名詞。
「カナカナ」情緒あるその鳴き声は、日中の暑さにうんざりとした体に優しいマイナスイオンを与えてくれます。昼と夜を繋(つな)ぐ時空間を演出してくれるヒグラシのいる風景は、とても贅沢。長年住んでいた東京は、体内時計の狂ってしまった夜中に泣くアブラゼミはいるのですが、ヒグラシの声はなかなか聞けませんでした。だから、郷愁を呼び起こすようなヒグラシのいる風景に憧れをもっていたのです。
ところがどっこい!
母屋の上の杉の巨木でヒグラシが目を覚まし朝4時になると、いっせいに泣きます。ヒグラシの目覚まし時計が皆、朝4時にセットしてあるのか、ヒグラシが同時に熱く燃えたぎるように泣きます。爆睡をむさぼっている家族は、このヒグラシの暴力に叩き起こされてしまいます。セミ時雨ならずセミ嵐が、突然容赦なく頭の上に降ってくるのです。こうなるとなんの余韻も情緒もありません。ただうるさいだけです。
ヒグラシの攻撃は、これだけではありません。
夏の夕暮れ時に園地を歩いていると、ヒグラシやアブラゼミが顔にぶつかってくるのです。
(光る)眼鏡にめがけて飛んで来るのです。夕方の果樹園は、セミの攻撃をかわしながら歩かなくてはなりません。
そんな人間にとって大迷惑な、果樹園のヒグラシやセミなのですが…
セミは卵を産みつけた年から、7年目の夏、アリ、モグラ、ヒキガエル、アシナガバチ、クモ、カマキリ、オニヤンマ、セミノタマゴヤドリバチなどの天敵などの生存競争に勝ち抜いて、やっと地上に出てくるのです。
健気なヒグラシは、地上で2週間ほども生きられません。
だから、食物連鎖の頂点に立ち動物の中でも長寿な人間が、ほんの少し寛容になればいいのです。ちょっとくらいうるさかろうと睡眠不足になろうと。
ヒグラシの安眠妨害も、ほんの半月ほどです。
短い北国の夏を謳歌するお大らかな気持ちで。
それにしても、ヒグラシやセミにとって、果樹園は生命の瞬間を燃やす大切な生活圏なのだなあと思いました。
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